自分は嫌われても、プロダクトに心血を注ぎ、選ばれる

前回の続きです。

前回の最後に『この話、一見めちゃくちゃなんですが、私は『理想の仕事の形の一つ』だと思っています。』と書きました。

何が理想か?

これだけクセが強い夫妻が運営していたにも関わらずお客さんが途切れず、私の家族も数年後にも「あの店の、あのスパゲッティがまた食べたい…」と思っていること。思わせていること。

これ、『とんでもなくプロダクトが強いから』だと思いませんか?

プロダクトを届ける場合、プロダクトを磨くのではなく、人柄で選ばれる、選ばせるという方法もあるでしょう。それを決して悪いことだとは思いません。

しかし私は、自分のポリシー、目指す姿として、『自分は嫌われていい。プロダクトに心血を注ぐ、だから選ばれる』ことを選びたい。

これはその方が差別化できるとか、ビジネス優位性があるとか、儲かるとか、そういう話ではありません。

むしろ、現代は中身での差別化が難しい時代と言われているため、ビジネス的には人柄重視のほうが正解かもしれません。

それでも自分がプロダクトに重きを置きたいのは、単にその方が「かっこいい」から。

かっこいいからでスタンス選ぶことはどうなのか?という気もしますが、結局自分が「こうありたい!」と思う力、エネルギーが、アウトプットの質、ひいては会社の成長につながると思っています。

だから自分のスタンスにはこだわりたい。

ちなみに、「別に嫌われてなくても良くない?」とは思います。自分も別に、積極的に嫌われるつもりもなく、嫌われたいわけでもありません。

でもこの話って、嫌われているからこそ、プロダクトが際立っているとも思いませんか?「頑張ってるから応援購入!」ではなく、「嫌いだけど、プロダクトがいいから選んでしまう」と思わせられているということだから。

今となっては、オーナーがどんな思いで作っていたかなんてわからない。お客様に美味しいものを!ではなく、俺のスパゲッティを食え!くらいのノリだったのではと思う。そもそも、オーナーに聞いても、「そんなこと知らないよ!」と怒られそうですけど笑

どんな仕事をしたいか?を考える時、折に触れて、この話を思い出します。

ご覧いただき、ありがとうございました。

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